日本列島の自然宗教と四国遍路
─ 先祖を崇拝する信仰 その2 ─
四国六番安楽寺 住職:畠田秀峰

 弘法大師が縄文時代以来のシャーマン、宗教指導者の目的とした境地に行き着いたのはいつごろのことであったか。「捨身の行によって大自然の永遠の生命と自分が一つになる」そういう境地を成就したのは何才の時であったか。実はこれは、仏教で言う「悟りの世界」に入ることと同じである とわたしは考えている。仏教はそういう意味でも、土着の信仰を大事にする。だからこそ仏教はあらゆる宗教、文化を包み込む可能性を秘めているのである。
 弘法大師は、二十四才の御著作「聾ろう瞽こ指しい帰き」の中で「行き着くべきところへ行き着くことができず、もう二十四才にもなってしまった」と嘆いておられますので、二十四才の弘法大師(青年空海)は悉地成就に近いところには居られるものの、まだ迷いの世界を脱(解脱)していない。三十一才で中国(唐の長安)に渡られる時には悉地を成就して居られたわけですから、弘法大師の悉地成就(悟り)は、二十四才~三十一才の間ということになる。わたしは二十七才前後と思っている。すなわち、十九才~二十七才まで約八年間、四国の豊かなダイナミックな大自然の中に身を投じ、厳しい御修行を自らに課し、ついに悉地を成就(悟り)されたのである。
 その上で、弘法大師は、中国(唐の長安)に渡られた。その中国の唐の時代の長安(現在の西安市)の都は、シルクロードを通じて世界の宗教、文化が集まっていた。この時代の世界の宗教・文化は現在に決して劣るものではなく、もうすでにこの時代に現在よりも高度な宗教、文化が出揃っていた。古代ギリシャのソクラテス、プラトンの哲学、中東の砂漠で生まれたキリスト教やイスラム教、インドのバラモンや仏教の教え、そして古代中国の老子や荘子、孔子の教え……これらの宗教、文化を知識としてだけではなく、一つ一つを体で知り、これを自分のものにし、その上で弘法大師は、日本列島の縄文時代からの原始的な自然宗教を世界的な視野で文明宗教に造り上げるという仕事を成し遂げられた。そのおかげで、わたしたちは縄文時代一万年、いやそれ以前から熟成された日本列島の宗教、文化をこわさず、これを捨てず、今に持ち続けることができた。そのような国はどこにもない、おそらく日本の国ぐらいのものと思われる。
 それでは、弘法大師が成し遂げられた原始的な自然宗教を文明宗教に造り上げる 日本列島に住む人々のアイデンティティー・日本人が日本人であること を大切にしながら、外来の宗教、文化を取り入れ、文明化を成し遂げる。その教えとはどのようなものなのか、その教えの優れたところはどこにあるのか?
 先ず弘法大師は、三教指帰という御著作の中で「浅深隔てありといえども、ならびに皆これ聖説なり、もし一つの羅あみに入りなば何ぞ人の道にそむかんや」と説かれている。又「家に帰るには必ず乗り物と道による。自分の家が遠い場合も近い場合もあるから道も乗り物も千差万別である。」「身病百種なれば方薬一つなることあたわず」(弘法大師・十住心論)とも説かれている。弘法大師は仏教の教典の枠を超えている。仏教だけが優れていて、他はまちがいである というような狭い考え方ではないのである。ソクラテスの哲学も、キリストの教えも、孔子の教えも、優れた聖人の教えであるから、一つの羅あみに入れば人の道にそむくことはない と説かれる。これは、宗教と宗教の共存の道であり、これは日本列島の自然宗教が古来から持っている和の精神にほかならない。この和の精神を伝統的な日本列島の宗教、文化の中に見いだしたのは聖徳太子である。聖徳太子は、この和の精神を初めて言葉にされた 「和をもって貴しと為す」。そして、この和の精神をどこからつつかれても動じない哲学にまで確立したのが弘法大師である。
 そして、この哲学(十住心論・弘法大師)があるからこそ、外来の排他的な宗教、文化が入って来てもこの和の精神は揺らがない、こわれない 。
 「日本人は、自分の信仰を大切にする。そして自分の信仰を大切にするからこそ、他の人の信仰を尊重する。」こうした宗教と宗教の共存、和の精神は今も日本人の常識となって日本人の生活に溶け込んでいるのである。
 次に弘法大師は、「禽きん獣じゅう卉き木もく皆是法音(弘法大師)」、禽獣=動物も、卉木=草木も、人間も生命はつながっている。「乾坤(けんこん)は経籍の箱(弘法大師)」、乾坤=天地、動物、植物だけでなく、天も地も=海も山も川も空も人間も、生命はつながっている。ということを繰り返し説かれている。そして、最終的には三平等=「一切衆生と我及び仏は平等にして差別なし」 動物も、植物も海も山も川も空も、すなわち「一切衆生」と「我」=人間の生命はつながっており、どれも貴い「仏」(大日如来)の生命とつながっている(平等)と説かれる。
 最近、中国で牛乳にメラミンが混入して、子どもがたくさん亡くなって、日本でも大騒ぎをしましたが、食物に異物(毒物)が入っていては人間は健康でいられない。動物も植物も、土壌や大気が汚染されていたのでは生きていくことはできない。人間の生命も、自然の生命も皆つながっているのである。
 そして、人間の為に自然があるのではなく、自然は人間のものではなく、人間は自然の一部であるという、日本列島の古来からの自然宗教の教えを弘法大師は繰り返し説かれたのである。
 さて、今、世界は自然破壊、Co2(二酸化炭素)による温暖化、地球環境危機という問題に直面している。
 又、経済が優先される社会にあって、家庭崩壊や教育の悪化が先進国に共通する悩みとなっている。
 しかし、そうではあるが、そんな先進国(先進七ヶ国―アメリカ、日本、イギリス、ドイツ、フランス、イタリア、カナダ)の中で唯一緑の多い国がある……実は、それは日本である。日本は現在、国土の68%が森林に覆われている。ちなみに、アメリカは33%、カナダは33%、イギリスは15%である。そして、エコ、省エネの技術は日本が一番進んでいる。
 又、これら先進国の中で犯罪が一番少ないのは日本である。特に殺人、強盗、強姦、放火などの凶悪犯罪は日本はアメリカやヨーロッパに比べると、1/3~1/5と極端に少ない。
 実は「現在の日本は昔に比べて家庭や社会の人の心が悪くなっている」と考える風潮はマスコミの影響によるところが大きく、昔も今も犯罪率に大きな差はない。
 日本は先進国の中で唯一緑の多い国であり、依然として犯罪が一番少ない国である。それでは、その理由はどこにあるのか?何があるから日本は緑が多く、犯罪が少ないのか?
 それは、わたしたち日本人が今に自然宗教を持ち続けているからである。
 先日、新大阪から米原まで新幹線に乗った。窓から景色を眺めていると、なるほど緑が多い、深い森がたくさん目に止まる。そして、この森の中には必ずお寺か神社がある。これに象徴されるように、日本列島に住む人々は、今も自然を敬い愛する心を失っていないのである。
 又、先祖を崇拝する信仰は、自分一代が良かったらよい、というのではなく、たとえば親は自分のことより子や孫のことを心配する。そして、親は自分の死んだ後のことまで子や孫のことを心配して死んでいく。それに応えて、子どもも親を悲しませたり親の顔に泥を塗るようなことをしないように身を慎む。
 このようにして、日本の家庭、日本の自然は守られてきた。このことを忘れてはいけない。これからも、わたしたち日本人が縄文の時代から持ち続けてきた自然宗教、先祖を崇拝する信仰を大切にしなければならない。
 これが弘法大師の教えであり、四国遍路の教えなのである。(完)
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